受け入れるとは、存在への感謝であり、自己という存在を提供する宇宙への感謝である。 : 『タオの法則』をバシャール的に読む

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受け入れるとは、存在への感謝であり、自己という存在を提供する宇宙への感謝である。 : 『タオの法則』をバシャール的に読む

「好き」なる次元の如何(いかん)で
すべては決まる
より高次元の「好き」に生きよう

以上、千賀 一生 (著) 『タオの法則 老子の秘儀「超」活用法 (超☆きらきら)』P.56より引用させていただきました。

同書p.57には、「愛を得られない人は、何かと葛藤し続けている。そこから抜け出すには、それとは逆をすればいい。自分自身を受け入れる。欠点と思うことや嫌悪したくなることも、まるごとその現状を受け入れる。受け入れるとは、存在への感謝であり、自己という存在を提供する宇宙への感謝である。(中略)要は、戦いモードから受容モードに切り替えるのだ。」とあります。

いやあ~これは!
今の自分に一番必要な情報でした。

私は常に戦いモードにいます。
その自覚があります。
だから、悪い意味での興奮状態にいることが多い。

そう、戦いモードでも与えることはできる。
私は戦いを与えていたので、戦いを受け取っていた。

今度は戦いモードから受容モードへ変わろう!
受け取ることを与えよう。与えることを受け取るために。
(逆方向の力を与えることは、受け取ることになるのかもしれない)

確かに私はつねに何かと葛藤してきた。
だから愛を得られなかった……。

葛藤とは何か、例の如く広辞苑で引いてみると

かっ‐とう【葛藤】
(葛かずらや藤のつるがもつれからむことから)
1.もつれ。いざこざ。悶着もんちやく。争い。「両家の―がつづく」
2.〔心〕心の中に、それぞれ違った方向あるいは相反する方向の力があって、その選択に迷う状態。「心の中に―を生じる」「心理的―」

ほんと、近年、もつれといざこざ続きの人生だったと思います。
常に何かと争っていた。まさに何に対しても戦闘モードに入っていた気がします。

戦闘モードの逆は和解モード?
それは、受容、受け入れること。
感謝すること。

でも、感謝すること、受容すること、受け入れることができないから戦闘モードに入ってきた……
……と、でも、で、否定すること自体がすでに戦闘モードに入っていること、葛藤であることにそろそろ気がつかないと……と思います。(^-^;

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