量子論の核心にせまる 解釈をめぐる論争 「半死半生のネコ」が存在する?? シュレーディンガーのネコの場合 : 『みるみる理解できる量子論』より

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以下、和田純夫 監修『みるみる理解できる量子論―相対論と並ぶ自然界の2大理論 摩訶不思議なミクロの世界 (ニュートンムック―サイエンステキストシリーズ)』P.72-73を参考にさせていただきました。

「観測装置も原子からできているので、量子論に従う、よって観測装置によって波の収縮は起きない。収縮が起きるのは測定結果を人間が脳の中で認識したときだ」というような過激な解釈をとる学者も現れた。

これに対し量子論の創始者の一人である、エルヴィン・シュレーディンガーは次のような思考実験で反論した。

中の様子がわからない箱に、一匹のネコと毒ガス発生装置を置く。
毒ガス発生装置は放射線の検出器と連動している。
検出器の前には放射性をもつ原子を少量だけ含む鉱石を置く。
原子核が壊れて装置が放射線を検出すると、毒ガスが発生し、ネコは死ぬ。

ここに、原子核の崩壊とネコの生死が連動した状態が思考実験的に出来上がる。

原子核の崩壊も量子論に従うので、原子核がいつ崩壊するかは確率的にしかわからない。

原子核が崩壊したかどうかを観測するまでは、原子核が崩壊した状態と崩壊していない状態、このふたつが共存することになる。

波の収縮がおきるのは測定結果を人間が脳の中で確認したときだとすると、原子核の崩壊の有無は、観測者が箱の窓を開け、中のネコが生きているかどうか確認するまで決まらないことになる。

つまり冒頭の解釈では、観測者が箱の中をのぞくまで、ネコは死んでいる状態と生きている状態が共存していることになる。

シュレーディンガーは、よって、このような半死半生のネコが存在するのはおかしいと、冒頭の解釈を批判した。

一般的には「マクロな物体である放射線検出器が放射線を検出した段階で、原子核の波の収縮がおき、原子核の共存状態はくずれる」、ゆえに半死半生のネコも存在しない……との見解だそうです。

この思考実験は「シュレーディンガーのネコ」と呼ばれる。

……ということだそうですけど、素人の私が考えるに、検出器が検出した段階でそれは観測とみなされるので、たとえそこに人間がいなくても、原子核の収縮が起きる気がする。

というのは、機械が無人で写した写真は決して曖昧な画像ではないという事実がある、つまり機械が写真を写すという行為も観測と考えられる、そう私は考えます。

でもまあこの場合でも、写真自体は(波の収縮が起きておらず)曖昧だけど、人間が写真を見た瞬間に波の収縮が起きて曖昧からクッキリな写真へと確定する可能性も否定できないが……。


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