そもそも自分はスクリーン(思考の次元)の中にはいなかった、という事実に気づきなさい。常に真我は「いま」とともにあり、そこから離れたことなど一度たりともないということに気づきなさい。:『もっと あの世に聞いた、この世の仕組み』

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雲 黒斎さん著の『もっと あの世に聞いた、この世の仕組み』という本に

そもそも自分はスクリーン(思考の次元)の中にはいなかった、という事実に気づきなさい。常に真我は「いま」とともにあり、そこから離れたことなど一度たりともないということに気づきなさい。

とあります。

さていよいよ核心に迫ってきました。

書いてあることをまとめてみます。

意識がスクリーンの次元にとどまっているかぎり人生を俯瞰できない。
離れて見ることによって、初めてスクリーンの全体を把握できる。

「どうするか(行動指針)」よりも「どうあるか(意識の立ち位置)」のほうが大事だというのはこのこと。

願望の実現を望むとき、その起点をスクリーンの中に求めても、見つけ出せはしない。
何故なら、創造の起点は「いま」にあるから。

「いま」というゼロポイントは、スクリーンに映像を投影するプロジェクターのようなもの。

そして、引用した部分へとつながります。

……ということで

ここでいつもの矛盾にぶち当たります。

願望の実現を望むなら、「いま」というゼロポイントにその起点を求めるべきだ。
しかし、「いま」というゼロポイントはエゴとは無縁の状態が必須なのでは?という矛盾です。

願望の実現を望むからゼロポイントに行きたい。
でも、エゴがあると、ゼロポイントには行けないのでは?

ここで得られる思考による解決法は、バランスです。
エゴを完全になくすことはできないが、その無くした分だけゼロポイントに近づけると仮定すれば、矛盾はいくらか解決します。


もっと あの世に聞いた、この世の仕組み

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