広大な自己というものは これ以上にない快の意識に いかに多く入るかで決まる : 『タオの法則』をバシャール的に読む

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 79

広大な自己というものは これ以上にない快の意識に いかに多く入るかで決まる : 『タオの法則』をバシャール的に読む

広大な自己というものは
これ以上にない快の意識に
いかに多く入るかで決まる

以上、千賀 一生 (著) 『タオの法則 老子の秘儀「超」活用法 (超☆きらきら)』P.96より引用させていただきました。

じゃあ逆に自己をこわばらせ収縮させるものはなにかといえば、不安であったり恐怖であったり、あるいは意外と正義とかがんばりだったりする。

正義は快であるか?
微妙だ。

~しなくては!とがんばることは、快であるか?
これも、どうでしょう?

バシャール的な快といえば、もちろんワクワクです。
誰ともぶつかることのない、そして努力することもない、自ずと湧き出るワクワク感です。

スポンサーリンク
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする