「わたし」は、オール・ザット・イズのひとつの観点、見方として存在しているので、「わたし」はなくなりません。 :『BASHAR(バシャール)2017』

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「わたし」は、オール・ザット・イズのひとつの観点、見方として存在しているので、「わたし」はなくなりません。

以上を、ダリル・アンカ (著),‎ 喜多見龍一 (著)『BASHAR(バシャール)2017 世界は見えた通りでは、ない バシャールが語る、夢から覚めてありありと見る、世界の「新しい地図」。』99ページより引用させていただきました。

とは言うものの肉体は永遠ではなく
肉体は老いていく。
そしていずれ姿形は消えていく。

しかし「わたし」という意識は残り
「わたし」は続いていく。

では

肉体を持たない「わたし」とは
どのような「わたし」なのか?

時間も空間も必要としない「わたし」とは
どのような「わたし」なのか?

物理的な肉体を一切持たない「わたし」とは
すなわちイコール過去の記憶とイマジネーションのみで成り立つ
「わたし」ではないのか?

そのような「わたし」とは
永遠に夢から覚めない「わたし」ではないのか?

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