人は、心は自分であると思い、心が欲するまま、形があるきれいなものに夢中になります。それを探し求めて生き、それが大切になり、真理を見失ってしまいました。 :『ヒマラヤ大聖者のマインドフルネス』より

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人は、心は自分であると思い、心が欲するまま、形があるきれいなものに夢中になります。それを探し求めて生き、それが大切になり、真理を見失ってしまいました。

以上を、ヨグマタ 相川圭子 (著)『ヒマラヤ大聖者のマインドフルネス』21ページより引用させていただきました。

真理を選ぶかお金を選ぶか。

私ならどちらも同じくらい欲しいです。

このどちらかしか選べないとしたら、お金を選ぶのかも知れません。

真理はお金になりませんし、夢中になれるほどきれいな外観もしていないでしょう。

魂は真理を欲するでしょうが、心は物質的豊かさすなわちお金を求めています。

魂は永遠だからこそ、真理を求めるのか。
魂は永遠だからこそ、あえて今はお金を求めるのか。

永遠の精神的喜びを今求めるのか。
刹那的ではあるが物質的喜びを求め続けるのか。

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