古事記や日本書紀に登場する神様は、伝説の存在ではなく実際に「生命体」として存在する :『「龍使い」になれる本』を読書する

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古事記や日本書紀に登場するこれらの神様は、伝説の存在ではありません。実際に「生命体」として存在します。
ただし、ひとりの「人」として存在するわけではありません。その神様の「働き」をする生命体が、同時に複数いると考えてください。

以上を、大杉日香理 著『「龍使い」になれる本』44ページより引用させていただきました。

ほんの数ヵ月前の私なら、古事記や日本書紀に登場する神様は実在する!なんて聞かされたらその時点でもう、そういう本には興味を失っていたでしょう。

でも今の私は、引用したようなことは大いにあり得る気がしています。

よく考えてみると、そのような「生命体」の存在の状況証拠のようなものが、自分の経験の中や世間にあふれていたからです。

偶然にしては出来過ぎという体験は何度もしたことがあります。

世の中で事件としてニュースになる出来事にしても、何か目に見えない力が働いたかのような出来事を度々目にします。

そもそもバシャールからの情報を信頼するなら、私たちが五感で認識する世界は氷山の一角です。

目に見えない世界の方が、この現実世界より、遥かに大きいはずです。

だとしたら、古事記や日本書紀に登場する神様が、「生命体」として存在していてもおかしくありません。

バシャールも想像できるものは必ずどこかに存在していると言っています。
(あるいは想像したから存在するようになるのかも知れません)

つまり私たちの常識は、より大きな世界から見たら単なる非常識なのかも知れません。

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