メモノート:人間は完全だけど不完全(いや完璧と不完全)

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以前人間は完全だけど不完全であるという記事を書いた。

『人間という存在は、完璧だけど不完全』 これが、真実だ。 : 雲 黒斎著『あの世に聞いた、この世の仕組み』kindle版をバシャール的に読む

とここで気がつく、完全だけど不完全ではなく完璧だけど不完全の間違いであると……

さらに今日はこれに関して自分なりの解釈を試みた。

自我(エゴ)という名の壁がなくなったとき、壁の内にあった「空間(本当の自分)」と、壁の外にあった「空間(大いなる存在)」が一つとなり、存在本来の姿(全体)となる。 : 雲 黒斎著『あの世に聞いた、この世の仕組み』を読む

「大いなるすべて」ブランドのミネラルウオーターが存在するのなら
それをコップですくって分離すれば、そのコップの水はそのままでは「大いなるすべて」ブランドの水としては売ることができない。

この分離したコップの水は「大いなるすべて」ブランドの水としては”完璧”である。

しかし、コップの水のままではパッケージされず売ることができないという意味では、「大いなるすべて」ブランドの水として”不完全”である。

人間は完璧な存在だと言われたり、不完全な存在だと言われたり

そう、人間は完璧だけど不完全な存在なのである。

あるいはこういうことか?

ここに百科事典がある。
個々の本は百科事典として完璧である。
しかしもし、一冊でも欠けていたら
百科事典としては不完全である。

完璧ではあるが不完全な百科事典という存在。

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